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広島高等裁判所 昭和46年(行コ)13号 判決

控訴人 上東初一

被控訴人 呉労働基準監督署長

訴訟代理人 松田良企 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四三年三月二八日広呉第四六六号をもつてなした労働者災害補償保険不支給決定はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠関係は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

本件災害の発生原因は、亡千代美の業務に関連(業務起因性)がある。すなわち、精神分裂病者で被害妄想にもとづく異常行動があつた訴外細藤武一が、女性への妄想を逞しうすることのできる対象は、日ごろ買物に出かけていた広南支所売店の販売係の外なく、同所で客と接する亡千代美ら女子従業員には客観的に危険性があつたこと、亡千代美は細藤の精神状態を知らず、販売業者のため愛想よく同人に接していたのが、右妄想を発生させる原因となつたこと、また細藤の妄想を飛躍させた本件災害前日の亡千代美の行動(他の男性と一緒に歩いているのを細藤が目撃したこと)も、亡千代美の預金勧誘、受入業務と関連するものであつたこと、本件災害の際、亡千代美は細藤に対して早朝平素の顧客が立寄つたものとして、笑いながら応答を交わして接していたこと、以上の諸点からである。

(証拠関係)〈省略〉

理由

当裁判所も控訴人の本訴請求を棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は左記判断を付加するほか原判決の理由記載と同一であるから(ただし原判決八枚目裏四行に「午前七時三〇分頃」とあるのを「午前七時四〇分頃」と訂正し、かつ同一〇枚目表二ないし八行を削除する。)これを引用する。

労働災害における業務上の事由の存否は、労災法律関係発生の要件であり、業務上か業務外かの認定については、いわゆる業務起因性の存否が重要な意味を有する。この業務起因性を認定するには、その業務に従事しなかつたならば、災害をうけなかつたであろうという条件的因果関係を有するのみでは足らず、原因と結果たる業務と災害、傷病等との間に経験則上ないしは社会通念上予想される相当な因果関係がなければならない。そして右相当因果関係の有無を判断するには、災害発生の発生原因をなしたすべての事情を斟酌して決すべきものである。

ところで控訴人の当審において主張する事実関係がすべて認められるとしてもいまだ亡千代美の職務である貯金ならびに物品販売業務と本件災害との間に条件的因果関係があつたことを認めうるにとどまり、相当因果関係があることまで認めることはできない。要するに、本件災害のすべての事情を斟酌すると、先に認定したとおり、災害発生の原因が細藤の私的なうらみ等によるものであり、亡千代美の細藤に対する接客態度から発生したものではなく、かつ亡千代美の右業務内容から本件災害の如き稀有な事故発生を通常予想できないし、業務内容に当然内在する危険があるとは到底いい難いからである。従つて、右業務と本件災害との間に業務起因性はないものといわねばならない。

そうすると、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲 西内英二 藤本清)

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